| 和泉友子 青い水平線 街頭ライブ |
和泉友子 青い水平線 街頭ライブ 後楽園場外広場での街頭ライヴ これもまた和泉友子さんの貴重な音源だ。デビュー曲「青い水平線」だ。それも街頭ライヴを録音した本物の和泉さんの生の歌声を聴くことができるのだ。以前の記事で、和泉友子 街角ロンリネス他 街頭ライブ (音だけです)という映像(実際は音声のみ)を紹介した。 恐らく同じ日に行われたライヴの音声を録音したものだと思うが、27年も前の音声とは言え、大変音質も良好だ。アップロードした方が中学生くらいの頃に録音されたようだが、その録音機材(ラジカセ?)も媒体(カセットテープ?)も良いものを使用していたのかもしれない。 この日の街頭ライヴで何曲を歌ったかは分からない。しかし、以前の記事の和泉友子 街角ロンリネス他 街頭ライブ (音だけです)の2曲とこの1曲を足すと合計3曲になる。最低3曲は歌っていることは間違いは無いだろう。時期は1982年(昭和57年)春先頃と推定される。 このライヴでの和泉さんの歌は、忠実に公式音源通りの符割で歌っている。以前のコメントのレスでも書いたのだが、ほとんどの歌手って、妙に場慣れすると、変な符割で歌ったり(特に演歌歌手に多い)、異常に長いビブラートをつけ、それもわざと♯させたりして、聴いていてイライラすることも多い。 このライヴの歌、誠実で正直な和泉さんの性格が歌に出ている。気取らない自然な歌い方だ。レコードに近い歌は、相当の歌唱力が無いと再現できないはずだ。かなり歌いこんでいたことは間違いないだろう。今聴いても当時の衣装や表情がすぐに浮かんでくる・・・・。 ![]() 和泉友子 街角ロンリネス他 街頭ライブ (音だけです) 和泉友子 青い水平線 街頭ライブ (音だけです) 和泉友子 青い水平線 / 和泉友子 SHOP70’s&80’s(70年代、80年代と私) 若すぎる恋!「青い水平線」 和泉友子 - 80年代アイドル☆ピンク・レディー☆昭和TVワンダーランド 石川ひとみ1981 後輩続々デビューの周辺 - Feeling 石川ひとみ 若すぎる恋!「青い水平線」 和泉友子 - 80年代アイドル☆ピンク・レディー☆昭和TVワンダーランド |
by qunny1130
| 2009-02-13 23:22
| 音楽
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Comments(24)
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2009-02-13 23:22 って!、あんた!湘南さん!
ブァレンタインデェーでまで、あと、1日よぉ! で、 今日は、もう、02-15で、 バレンタインは終わってるんですが・・・ 二人寂しくブァレンタインデェでもお過ごし致しますか・・・(号泣。。)
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先生、おはようございます!
湘南のJOHN LENNONです。 いつもコメントありがとうございます。 先生はチョコレーとはゼロですか?(笑) チョコよりお酒の方が良いですよね? 小生もゼロですよ、もちろん!(爆) この歳だと最近どうでも良くなってきましたよ。。。 会社の義理チョコ返し(3/14)も他の人は返しているようなのですが、めんどくさいので、それも無視し続けています(笑)
湘南のJOHN LENNONさん、こんばんは。
「不思議だらけのキュービック」は、もう少し後の曲だったような気がします。間違っていたらごめんなさい。でも、けやきステージは、当時、ほとんど、渡辺プロダクションで独占していて、司会も吉村明宏さん(現ホリプロ)がほとんどだったと思います。でも、別人がやっているので、83年の5月のステージだと思います。土曜日に会社を休んで行った記憶があります。もう少し人気があれば、この曲がサードシングルになっていたのに。そして、ステージ最後の曲はいつも「街角ロンリネス」です。しかし、銀座のメイツでは、最後は「ラストキッス」でした。
tomokodaisukiさん、こんばんは!
湘南のJOHN LENNONです。 こちらでもコメントありがとうございました。 貴重な情報ありがとうございます! 時期は1983年(昭和58年)の5月だったのですね。tomokodaisukiさんの情報なら、確実なことだと思います。おっしゃるとおり、司会者は吉村さんではないですね。 小生も昔(1977年頃)、「ぎんざNOW!」の公開収録のときに、吉村さんの司会を生で見聞きしましたので、この録音の司会者の声は、明らかに別の人に間違いないですね。このステージのエンディングは「青い水平線」でしたね。ステージ上でも「懐かしい歌」と和泉さんご本人もおっしゃってますね。 「不思議だらけのキュービック」も良い曲だったと思うし、きっと録音しているはずなので、どこかにそのマスターテープがあると信じたいですね。CBSソニーさんの倉庫の奥深くに眠っているのかもしれませんね。
tomokodaisukiさん、こんばんは!
湘南のJOHN LENNONです。 先ほどのレスで書き忘れたことがありました。 「和泉友子 街角ロンリネス他 街頭ライブ (音だけです)」で、eronicatという名前で投稿していたのは小生です。
当時、吉村さんは、昼間は、けやきステージ。夜は、銀座のメイツの司会。と言うパターンが多かったようです。あの頃、人気が下火になり、ステージの合間に(メイツは、ステージが3回ありました。)自分たちの席に、お酒を飲みに来たり、おつまみを食べに来ていました。そして雑談をしては、それを、パクってステージでネタにして、話したりもしてましたね。それと、ラジオ局に、遊びに行く方法を、教えてくれたのは吉村さんだったんだ。だから、最初は、吉村さんと二人で行くはずだったんだ。でも他の仕事が入って行けなくなったからって、行ける様に手配してくれたんだ。その後、もう二人付いてきたけどね。吉村さん、自分の事、覚えててくれてるかな?
tomokodaisuki さん、こんばんは!
湘南のJOHN LENNONです。 いつもコメントありがとうございます。 tomokodaisuki さんは、吉村さんとも顔見知りだったのですか!それはすごいですよね。当時は、まだ若かったでしょう?小生が、昔見たときは、まだ20歳くらいではなかったでしょうか。逗子の某私立高校出身で、結構有名でしたからね。でも、tomokodaisuki さんの席に飲みにくるなんて、よほど親しくないとできないですよね。tomokodaisuki さんはすごいと思います!
吉村さんは、気さくな、いい人ですよ。今、ちょっと悪いうわさを耳のしますが、とても信じられません。メイツは、銀座という事もあり、結構お高い店でした。そこに、毎月遊びに行ってたから、御金持ちだと思ったんじゃないですか?あの当時、食費を削って行ってたんですけどね。それに、吉村さんも売れてなかったし・・・。いつも、空のグラスを持ってやってきましたよ。その代わりに和泉友子さんとの間に入ってくれて話をさせてくれました。だから、彼がいなかったら、和泉友子さんを、「友ちゃん」と呼べるようにはなっていなかったでしょうね。
tomokodaisuki さん、こんばんは!
湘南のJOHN LENNONです。 こちらでもコメントありがとうございました。 吉村さん、良くない噂でもあるのでしょうか?よく分かりませんが・・・。このことはこれ以上、小生もコメントは控えますね。 吉村さんの橋渡しがあって、友子さんと直接お話もできたのですね。本当にうらやましい話だし、tomokodaisuki さんにとっても大切な思い出でしょう。「友ちゃん」なんて呼べるくらいに近くでお話できたんですよね。 何とか友子さんの消息が判れば良いですよね。小生も可能ならtomokodaisuki さんと同じで、お会いできれば最高だと思います。それは儚い夢だとしても、小生を含めたファンのブログを友子さんが読んで下さっていたら!なんて思っています。当時の写真とか残っていらっしゃるのでしょうか?
湘南のJOHN LENNONさん、こんばんは。
それと、ごめんなさい。 司会者のコメントがずっと気になっていたのですが、思い出しました。これは82年の4月の後半(ゴールデンウィーク)のけやきステージです。1日に2ステージやっているのは、その時だけです。83年の5月は1ステージでした。自分が3月末に、上京して、4月始めに、後楽園の黄色いビルのスケート場が、1回目で、このステージが、2回目の会いに行った時です。ですから、まだ、この時は、一ファンとして見ていた頃です。(日記帳をプレゼントしたのが、6月で、彼女から直接声を掛けられたのが、7月です。)いつも、会うと、話をしていたので、それ以前のことをすっかり忘れていました。本当にごめんなさい。そして、録音は1回目のステージですね。この時、ステージから、向かって、左正面のビルの上から土屋かおりさんが、見ていたんですよ。そして、1回目のステージが、終わってから、和泉友子さんたちは(マネージャーさんたちと、4人だったと思います)ステージ正面にある、喫茶店に入り、打ち合わせをしていました。あの時の真剣な和泉友子さんの顔を思い出しました。
tomokodaisuki さん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。 コメントいつも有難うございます。 このステージは1982年(昭和57年)4月後半だったのですね。小生もこの年の春先かなと思っていたのですが、初めの検証で正解でした。情報いろいろ教えていただき感謝しています。 土屋かおりさんって、一番最初の金八先生に出演していた方でしょうか?小生も何となく覚えていますが・・・・。イマイチ思い出せません。 話は飛んでしまいましたが、友子さんは一回のステージで何曲くらいを歌われていたのでしょうか?
湘南のJOHN LENNONさん、こんばんは。
土屋かおりさんは、その通りです。現在は、元シブがき隊の布川クンの奥さんです。あの年に、たしか、レコードデビューしていたと思います。 それと、何曲歌っていたか、までは思い出せません。「青い水平線」「よそ見しないでね」「街角ロンリネス」「秋の気配」は、必ず歌ってると思いますが、10曲程度だと思います。でも、一回目が「青い水平線」で終わっているから、もしかしたら、2回目は、「ラストキッス」で、終わっているかもしれません。「不思議だらけのキュービック」が、入っているのですから、その確立は高いと思います。YOU TUBUで、音源を、アップしてくれた人が、2回目のステージまで、録音していて、「ラストキッス」が、入っていれば、これほど貴重な物は無いのですが・・・。 それと、この当時、彼女の周りには、女性ファンが、多かったのを、思い出しました。スケート場での、ステージの時は男は自分しかいませんでしたから。
tomokodaisuki さん、こんばんは!
湘南のJOHN LENNONです。 コメントいつも有難うございます。 土屋かおりさんはフックンの奥様でしたね。思い出しました!有難うございました。この音源をアップしてくださった方の詳細欄にも、もっと長いと記載されていますよね。なので、全部聴くことができれば最高なのですが・・・・。 当時、友子さんは女性ファンが多かったのですか!それも初めて知りました。同性に好かれるってことは、素晴らしいと思います。当時、小生のような男性(10代)ファンばかりだと思っていましたが、意外だったのですね。何故、同性のファンが多かったのでしょうか?
湘南のJOHN LENNONさん、こんばんは。
そしてまたまた、ごめんなさい。 再度訂正させてください。 和泉友子さんの、コメントを、すべて無視してしまいました。あの、音源は、84年の物です。「アリバイは、胸の中に」は、ライブ用の歌で、渋谷のTAKE OFF 7での、ライブ活動を始めたのが、クマスタジオに移籍してからで、84年1月からです。ですから、「懐かしいデビュー曲」と言うフレーズが出てきたんだと思います。この時は、行っていないので、何月かは、わかりません。
湘南のJOHN LENNONさん、こんばんは。
奇跡の音源についてもう少し書きます。 不思議な事が多いと思います。82年頃と書いてありますが、84年で間違いないと思います。中学生で、2年違ったらかなり差があると、思います。それに、中学生が、あれだけの、音源が残せるほどの機材を持って、野球観戦に来るでしょうか?選曲といい、コメントの内容と言い、あまりにも、マニアックです。偶然でしょうか?多分、他の人にはわからないだろうけど・・・。それに、この、音源以外アップしていないんですよね。普通、あれだけの、音源を持った、マニアなら、他の音源も、持っていて、アップすると思うのですが・・・。「思い過ごしかしら?」
またまた、連投です。
和泉友子さんの、コメントの中に、マルセル・マルソーの話がありましたが、82年にも同じことを言ってました。マルセル・マルソーは、80年代前半は毎年、日本公演をしていましたから。それに、一度だけ、銀座のメイツで和泉友子さんのパントマイムを見ました。たぶん、他に、見たことのあるファンはいないと思います。
tomokodaisukiさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。 いつもコメントありがとうございます。 この音源は1984年のものなのですか?確かに1982年の春先だとしてら、デビューから1年未満の時期。そんな時期で「懐かしい」という言葉は普通出ないですよね。 tomokodaisukiさんの仰ること、分かるような気がします。
tomokodaisukiさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。 いつもコメントありがとうございます。 82年と84年、2年も違いますよね。できれば、他の曲も聴き隊と思いますよね。当時の友子さんの音源は、こうやって個人的?に持っている人たちの所有のものに頼らざるを得ません。 誰かのそのような超貴重なリソースだけが、今となっては頼りですね。写真や録音、映像など全てそうです。投稿者さんに、他の音源もアップしていただくようにお願いのメッセージを送ってみましょうか?
tomokodaisukiさん、湘南のJOHN LENNONです。
こちらも連投ありがとうございました。 マルセル・マルソーさんは、既に確か亡くなっていますよね。何年か前にニュースで報道されたことを覚えています。調べてみたら、確かに80年代は、毎年のように来日公演をしていたようです。 友子さんのマイムを観てみたかったですね。それと、銀座のメイツのライヴなどの録音や写真は存在していあるのでしょうか?たとえば、tomokodaisukiさんが、銀座のメイツのライヴを観ているときにスタッフが写真撮影やビデオ録画していたとか目撃されていれば、もしかして、どこかで残っていたりする可能性も考えられますよね? 既に25年もの歳月が経過していますから、その可能性は非常に低いものだとしても、当時のスタッフの方々とコンタクトを取れれば良いのですが・・・・。
tomokodaisukiさん、湘南のJOHN LENNONです。
個人的なお知らせがあります。 もし、よろしければメールをいただけないでしょうか? 小生のアドレスは、以下のURLでご紹介しています。 ↓ http://qunny1130.exblog.jp/6344235/ メールをお待ちしています。
湘南のJOHN LENNONさん、こんばんは。
82年頃という表記に、年数のわからない内容と、ファンしか年数のわからない内容、そして、82年を疑わせる内容に、選曲。青い水平線と、街角ロンリネスは、わかるけど、なぜ?不思議だらけのキュービックが、選曲されたのか、ただの偶然なのか、それとも、故意なのか、不思議です。 それと、音源は、和泉友子さんなら、全部持っているはずですよ!メイツでも、終わりにカセットテープを貰って帰っていましたから!だから、気になるのです。
またまた、連投です。
和泉友子さんの、パントマイムは、「壁」だけですよ。一回だけしかやっていないし、本当に少しだけです。本人も覚えているかどうか?ピアノの弾き語りもメイツだけでしたね。写真や録画は無いと思います。
tomokodaisukiさん、こんばんは!
湘南のJOHN LENNONです。 いつもコメントありがとうございます。 当時のライヴ録音は、ご本人である和泉友子さんが持っていらっしゃるのですね。もし、それが現存していれば、超貴重な音源と言えますよね。 このライヴの音源、音は極めて良好だし。出所が小生も気になります。「不思議だらけのキュービック」、お蔵入りの新曲でした。これもソニー・ミュージックエンタテインメント(CBSソニー)のどこかにマスターテープが残っていると思いたいです。街角ロンリネスもフェードアウトしないエンディングがあるカラオケでしたね。これも貴重です。
tomokodaisukiさん、湘南のJOHN LENNONです。
連投ありがとうございます。 マイムも実演されたんですね。見たかったです! それに生ピアノですか!歌もギターもピアノも、小生の経験から言うと、「生」に勝るものはないと小生は思っています。 和泉友子さん自身、アイドルと言うより、ミュージシャン志向だったと思います。ご自身の曲もライヴで演奏されていたようだし、もともとバンド経験もあったようですね。 小生はオリジナル曲を聴いてみたいですね。 |
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