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5月1日
5月1日






スタート前の表情・・・



 日本時間で1994年5月2日午前3時前に34歳の生涯を閉じてしまった・・・・。イモラの悪夢は決して忘れることができない週末だろう。あれから早や13年が経過してしまった。小生にとってはそんな昔には到底思えない。未だにセナが生きていたら・・・と思ってばかりいる人間だ。

 




4/30のラッツェンバーガーの事故を見ていたセナ



 現在のF1ファンでセナを知らない人は、考えようによっては不幸かもしれない。あれだけの予選でのパフォーマンス、決勝での劣ったクルマでの走りなど、今では、まず観ることのできないシーンばかり浮かんでくる。強いて言えば、一番近い走りをしたのが、去年の最終戦、シューマッハーの決勝での走りだろうか・・・。

 1994年のシーズンは見慣れないブルーのロスマンズカラーだった。開幕当初からファンとして違和感があった。赤のレーシングスーツのイメージが強かったからだ。ブラジルGPでも珍しく単独スピンでリタイア。2戦目の英田でもハッキネンにオカマを掘られてリタイア。

 そして第3戦目だ。1日目にバリチェロが事故で入院、2日目にラッツェンバーガーが事故死、そして3日目だった。今更かもしれないが、2日目の事故でグランプリは中止すべきだっただろう。安全性を再確認して、再度別の時期に開催するべきだった。興行者たちは儲けることを優先させてしまったのだ。

 失った命や時間は決して戻すことはできない。セナが今でも生きているということは、セナを思う人の中で生き続けているということだ。死んだ子供の歳を数えても仕方のないことと同じことだろうが・・・。本当に悔やまれて仕方ない。
 



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by qunny1130 | 2007-05-02 02:40 | アイルトン・セナ | Trackback(3) | Comments(17)
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Tracked from 畳持参のぼそだら日記 at 2007-05-02 22:53
タイトル : 14年目の5月1日
アイルトン・セナがサンマリノGPレース中の事故で天に旅立ってから 今年で丸13年になりました。 気づけば私はセナの年齢を追い越し、 その間に、新しいF1ヒーローが誕生し、レギュレーションも何度も変わり そうしているうちに今に至っています。 今年もあのGPを見ました。その映像は10年余りはビデオで見ていましたが、 2年前からDVDに変わりました。 どんどんあの頃の記憶は過去に遠ざかっていきますが、 セナを失った喪失感はそう簡単には薄くなりません。 13年前にセナの背中を追って走って...... more
Tracked from 物欲煩悩妄想日記 at 2007-05-03 06:37
タイトル : 1994.05.01. Senna.
最近、87年から94年頃までのF1の録画(もちろん 当時マメにVHSで録ったフジ... more
Tracked from F1GPニュース・動画WEB at 2007-09-16 00:25
タイトル : 【F1動画】F1GP ミカ・ハッキネンとともに
ミカ・ハッキネン。日本人女性と結婚した元F1トライバーであるミカ・サロとは、同じ町で生まれた幼い頃からのライバル。この動画はミカ・ハッキネンのF1での活躍をまとめたものです。f1 tribute Mika HakkinenメルセデスパッケージPMA1/43 マクラーレンメルセデス MP4-15M.ハッキネン... more
Commented by 殺介 at 2007-05-02 16:02 x
これをTVで見ていた時に、いきなりアナウンサーとかが
神妙な顔をして出ていて驚きました。
そして訃報・・・
あまりの出来事に信じられませんでした。
早すぎた生涯でしたね・・・
Commented by ぷりん at 2007-05-02 17:48 x
私の様な、その道にはまったく知識の無い者でも・・彼が凄い方だったことは知っていましたし、亡くなった事はショックでした。
TVの三面記事では、彼のフィアンセと彼の家族が残された遺産で揉めそうだと・・毎日やっていて・・なんだか切なかった事を思い出しました。

ぷりんには、F4とF3で走っているお友達が居ますが・・
全然車に無知な私と話す事を楽しんでいるようです・・
レースの前の日には必ずメッセンジャーに来て1時間くらい話しをするんですが・・・

命掛けの仕事ですからね・・でもその事には触れず・・
たわいのない会話をして・・最後に終わったら報告ね・・って
いってらっしゃいって言って送り出します・・。
Commented by Kutz-chang at 2007-05-03 06:36 x
はじめまして、そしておはようございます。
TBありがとうございます。
あの日から13年経ったというのが、不思議な感じです。
多岐にわたるカテゴリの各記事、面白いのでGW中に
みんな拝見させていただきます。
仕事関連の記事、面白いですね。
これからも宜しく!
Commented by torrows at 2007-05-03 12:43
 こんにちはtorrowsです。もう13年も経ったのですね。僕もセナが亡くなった事が実感が湧かない人の一人です。

 思い出されるのはアランプロストとの因縁の対決。でもそこには健全で頂点を目指す最高のライバル関係でしたね。ただ仲が悪いとか下らないゴシップとは訳が違いましたね。

 プロストが引退してルノーの広告プロデューサーになって、セナが「アラン。君が居ないと寂しいよ」と友人として歩み寄るセナの言葉が忘れられません。

 しかしその直後セナが事故死。プロストはどんな想いでセナの棺を見たのでしょう?世界に二人と居ない最高のライバル、最高の友の死。世界の頂点を目指したライバルが死んでしまった悲しみは計り知れません。

 翌レースのモナコグランプリの一番グリッドにブラジル国旗がペイントされ、天国のセナにポールポジションをプレゼントしましたね。 でもチェッカーフラッグを受けられなかったのが本当に悲しく思いました。 
Commented by heroes-cafe at 2007-05-03 14:56
そうでしたね。13年経ったのですね・・・

いつもは録画してレースを見ていたのに何故かあの日は起きていてリアルタイムで見ていました。
今宮さんが泣きながらセナの死を伝えていたのが印象に残っています。

今にして思うとセナは死ぬ運命だったのかもしれないなんて思うこともあります。あの年の彼には間違いなく死神が取り付いていたんじゃないかと・・・。

セナが死んだ年に発売されたホイヤーのセナモデルの腕時計が私とセナをつなぐ唯一の物です。合掌。
Commented by 信哉 at 2007-05-03 22:33 x
もう13年ですか。
あの中継は見てました。
そして、今でも脳裏に焼きついております。
ヘリで運ばれていった所も・・・・。
その後のF1が少し物足りなくなってしまいましたね。
Commented by DDG173「こんごう」 at 2007-05-04 10:50 x
こんにちは、「こんごう」です。

また5月が巡ってきましたね。もう13回目ですか。

まだ覚えていますよ、友達に電話を受け開口一番「テレビを点けろ」と言われて見た映像。

ヨッヘン・リント~ジル・ヴィルヌーヴ~アイルトン・セナの「13年周期」が続かなかったのは幸いでしたが・・・。これも安全に対する意識向上の結果だとは思います。

当時は確かプロストの復帰説が囁かれた年ではありませんでしたか?結局復帰しませんでしたが。

多分ヴィルヌーヴの死と共にセナの死という二つのトラウマを抱え込んでしまい、とてもそういう気になれなかったんじゃないでしょうか?(ヴィルヌーヴの死に際しても誰よりも嘆き悲しみ-エンツォは別として-、人目もはばからずに泣いていたそうです。)

もともとタンブレロはマシンに高い負荷をかけさせるコーナーだったんでしょうね。ラッツェンバーガーもセナもマシンの構造破壊が原因ですし。
Commented by qunny1130 at 2007-05-04 13:49
殺介さん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
いつもコメントありがとうございます。

番組の途中(中継録画)で生放送に変わりましたよね。夜中だったと思います。本当に信じられなかったですね。一般紙の新聞の1面でも大きく報道されました。

今宮さんもセナのことになると、いつも感情を露にしていました。他のドライバーのことでは冷静ですが(今でも)。
それだけ仕事を超えて人の心を感動させたのだと思っています。
Commented by qunny1130 at 2007-05-04 13:54
ぷりさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
コメントありがとうございます。

日本では特に人気のあった人なので、F1をそれほど知らない人でも名前は知っている人は多かったと思います。
第二期ホンダ時代の中心の人だったので、なお更それもインパクトがあったと思います。
お友達にもレーサーの方がいらっしゃるのですね。
その方も頑張って上級カテゴリーで活躍できれば良いですネ。
Commented by qunny1130 at 2007-05-04 14:01
Kutz-changさん、はじめまして!こんにちは!

湘南のJOHN LENNONです。
コメントありがとうございました。
またトラバもさせていただき、こちらもありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

13年経過したのは早かったですね。まだそんな前には思えません。映像や写真がいっぱいあるので、まだ元気で生きているような錯覚さえ覚えます。

「たられば」ですが、事故で怪我もなく無事だったら、現在のF1も全然違ったものだったと思います。シューマッハーやビルヌーブ、ハッキネン、ヒルなどのセナ死後のチャンピオン達の動向も全然違ったでしょう。

まず間違いないのは、シューマッハーの成績はここまで伸びなかったでしょうね。それだけが悔しいですね。
生きて引退していれば、記録も記憶もナンバー1のドライバーとして、現在も輝いていたと思います。

Commented by qunny1130 at 2007-05-04 14:20
heroes-cafeさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
コメントありがとうございました。
毎回、heroes-cafeさんのブログの写真には感動しています。

今宮さんが泣きながらコメントしていましたね。録画していたので、今でもそのビデオは残っています。

今宮さんはセナのことになると、いつも涙ぐんでいました。正直ジャーナリストとして疑問に持った時期もありましたが、今ではそう思いません。
先ほどのレスにも書きましたが、仕事を超えた何かがあったと思います。逆に仕事とは言え、間近でセナを見られた人達がうらやましいと思います。

1994年は開幕から暗雲立ち込めていたと思います。ブラジルGPを見て、単独スピンでリタイアで、とても嫌な気分になったことを覚えています。

2戦目の英田の生中継も初っ端にハッキネンにリアを引っ掛けられ、バランスを崩されフェラーリにぶつけられて終わってしまいました。その瞬間テレビのスイッチを切りました。
夕方のニュースでセナがハッキネンを凄い勢いで怒っていたことが印象に残っています。ハッキネンは下を向いたまま、うなだれていましたね。

Commented by qunny1130 at 2007-05-04 14:24
信哉さん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
いつもコメントありがとうございます。

サンマリノGPのビデオは残っています。数年前にテープからDVDにダビングしたとき、久しぶりに見ました。
祈るような三宅アナウンサーと今宮さんのコメントでした。
これは見ていた日本のファンも一緒だったと思っています。
Commented by qunny1130 at 2007-05-04 14:36
こんごうさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
いつもコメントありがとうございます。

ヨッヘン・リント1970年、~ジル・ヴィルヌーヴ1982年~アイルトン・セナ1994年。
この魔の12年周期の去年は正直最終戦まで心配でした。シューマッハーが無事にゴールしてくれてほっとしましたね。

プロストの現役時代はアンチだったので、大嫌いでしたが、小生も年齢を重ねて、いろいろな角度でプロストを見ると、当初思っていたような人間ではないような気がしています。

マクラーレンのエースだったのにもかかわらず、セナを迎えて予選でも完璧なほど負けても、1989年のチャンピオンに輝きました。この功績は素晴らしいとさえ思えるようになりましたね。

Commented by qunny1130 at 2007-05-04 14:36
こんごうさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
続きです。

ジルも生きていていれば、セナ・プロスト・マンセル・ピケたちともっと歴史に残るような激しいレースをしていたに違いありません。残念ですよね・・。

現在のF1の安全性はセナやラッツェンバーガーの尊い死によって成り立っているとさえ思っています。
今年はサンマリノGPがないのが残念です。毎年この時期にあるので楽しみしていました。

タンブレロは昔のレイアウトが最高でした。今のシケインじゃハッキリ言って面白くないです。
ただコーナーの外側が川になっているらしく、昔のレイアウトを再現するのは困難だと言うことです。
超高速コーナーが少ない現在のF1はイマイチですね。
Commented by qunny1130 at 2007-05-04 18:34
torrowsさん、こんにちは!
湘南のJOHN LENNONです。
いつもコメントありがとう。

本当に13年なんですね。早いというか・・・。

プロストとの対決は最高でしたね。政治家プロストとの確執は、当時小生もアンチプロストとして、いつも憤っていました。

しかし、今になって考えると、プロストはシューマッハーなどと違って、自分にとって脅威になる者をチームメイトに選んだのですから、これはやはり立派な決断だったと言えます。
レース外の駆け引きも多かったですが、レースでは同じチームでも対等に頑張っていましたからね。2000年以降のフェラーリとは大違いだと思います。

モナコGPのペイントは覚えています。ラッツェンバーガーのポジションも決して忘れてはいけないですね。
そのモナコGPでシューマッハーが4年目で初めてPPをとったんです。セナが健在だったらと思いましたね。

そのフリー走行でもベンドリンガーが事故で重体になりました。
やっぱりあの年は異常としか言いようがありません・・・。
Commented by annie at 2009-05-01 21:59 x
今日であれから満15年。
忘れることはないですね。決して。
私のブログでも少し書きました。
合掌。
Commented by qunny1130 at 2009-05-24 15:25
annie さま

湘南のJOHN LENNONです。
超遅延ロスですみません。

5/1・・・この日は特別ですね。昔からのF1ファンにとって、決して忘れられない日になりました。

4/29のフリー走行で入院したバリチェロは、今でも現役で頑張っています。パウリスタのバリチェロには、一年でも長く続けて欲しいです。
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