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妄想症 主な病気の解説 「敏感性」 ある小冊子より
妄想症 主な病気の解説 「敏感性」 ある小冊子より




 妄想性人格障害の人は過度に警戒的ですから、ちょっとした侮辱にも気づき、何も企てられていないのに反応します。その結果、彼らは常に防衛的・敵対的となります。自分に落ち度があっても、責任をとろうとせず、軽い助言さえも聞こうとしません。一方、他人に対してはたいへん批判的です。世間では、このような人間を針小棒大に言う人だといいます。



 この小冊子は米国、国立精神保健研究所、科学情報部員マーガレット ストロックによる改訂版です。旧版は、国立精神保健研究所員ダビッド ショアー医学博士、ダビッド ピッカー医学博士、ダリール キルヘ医学博士の協力でレイ ヘルバートにより作成されました。
米国国立精神保健研究所 アルコール・薬物乱用、精神障害部1987年印刷、1989年改訂
 




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by qunny1130 | 2006-08-31 12:24 | ストーカー | Trackback | Comments(0)
妄想症 主な病気の解説 「疑い深さ」 ある小冊子より
妄想症 主な病気の解説 「疑い深さ」 ある小冊子より




 明白な妄想症の徴候は疑い深いことです。妄想性人格障害の人は世間を敵に回して見ていますから、いつも警戒しています。自分の疑いを深めるような事実を少しでもつかんで、自分の予想を確信に近ずけ、自分の予想に反するような事実を無視したり、誤って解釈してしまいます。

 彼らは非常に用心深く、いつも何か不都合なことはないかと、様子を伺っています。たとえば、仕事を始めるとか、知らない人との新しい人間関係ができる場合、誰でも心配がなくなるまでは注意深くそして警戒的になるものです。

 妄想症の人はそのような心配をいつまでも捨て去ることができません。彼らは常に他人の悪だくみを恐れ、人を信頼することができません。人間関係や夫婦関係において、この疑い深さは病的で非現実的な嫉妬という形で現れます。


 この小冊子は米国、国立精神保健研究所、科学情報部員マーガレット ストロックによる改訂版です。旧版は、国立精神保健研究所員ダビッド ショアー医学博士、ダビッド ピッカー医学博士、ダリール キルヘ医学博士の協力でレイ ヘルバートにより作成されました。
米国国立精神保健研究所 アルコール・薬物乱用、精神障害部1987年印刷、1989年改訂
 




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by qunny1130 | 2006-08-30 21:17 | ストーカー | Trackback | Comments(0)
2007年のF1カレンダーが発表された!
2007年のF1カレンダーが発表された!





来年のカレンダーから消えた鈴鹿サーキット



 F1日本GPとして、1987年(昭和62年)から連続開催されている鈴鹿サーキットの名前が、とうとう来期2007年から消えてしまった。来期から日本GPは富士スピードウェイに移される。そして、また新しい歴史が刻まれていくのだろう・・・。

 今回の発表は暫定スケジュールということだ。スパ・フランコルシャンでのベルギーGPも復活している。名コース復活はファンとしては嬉しい。しかし、鈴鹿の他に、イモラでサンマリノGPの名前も消えている・・・。クラシックコースでの開催が無くなるのは、どうも腑に落ちない。

 2007年 F1世界選手権開催暫定スケジュールは以下の通りだ。

01 03月18日 オーストラリアGP
02 04月08日 マレーシアGP
03 04月15日 バーレーンGP

04 05月13日 スペインGP
05 05月27日 モナコGP
06 06月10日 カナダGP
07 06月17日 アメリカGP
08 07月01日 フランスGP
09 07月08日 イギリスGP
10 07月22日 ドイツGP
11 08月05日 ハンガリーGP

12 08月26日 トルコGP
13 09月09日 イタリアGP
14 09月16日 ベルギーGP
15 09月30日 中国GP
16 10月07日 日本GP
17 10月21日 ブラジルGP



 セナファンの小生としては、鈴鹿とイモラの両サーキットが消えてしまったのは残念だ。この二つのサーキットはセナファンにとって、決して忘れられない思い出のつまった場所だ。シケイン化してしまったタンブレロを見ると、セナをイヤでも思い出してしまう。ここイモラは1989年(平成元年)プロストとの確執が表面化したコースでもある。1994年(平成6年)、セナが命を落とした場所でもある・・・。


1990年鈴鹿でのセナとプロスト
 

 1987年、初めての鈴鹿でのF1開催で、セナはロータス・ホンダで出場した。結果は2位であった。そして、1988年(昭和63年)、鈴鹿はセナが初めてのワールドチャンピオンに輝いた場所でもある。1989年はシケインでのプロストとの接触、そして失格。1990年(平成2年)もスタート直後、プロストとの接触、そして2回目のワールドチャンピオンの決定。翌年1991年(平成3年)はベルガーに優勝を譲り、3回目のチャンピオン獲得。

 1992年(平成4年)ホンダ撤退のため、セナはヘルメットに日の丸を描いて出場。しかし、残念ながらエンジントラブルのためリタイア。1993年(平成5年)は、結果的にセナ最後の日本GPとなってしまった。セナは他を寄せ付けず優勝した。

 もちろん、セナがいなくなった1994年以降も素晴らしいレースはあったが、鈴鹿でのセナは特別だった。セナ以後の記憶は薄くなっている。逆にセナ存命中のレースの方が、今でも細かいところまで覚えている。

 イモラも鈴鹿も最新のコースと比較すると、コース幅は狭いので、オーバーテイクシーンは少ない。新しくなった富士スピードウェイを見ると、コース幅は広いし、恐らくオーバーテイクも鈴鹿より多いような気がする。鈴鹿も何とか来年のカレンダーに組み入れて、開催の方向で進めて欲しいと思う。

 3戦目のバーレーンGPと4戦目のスペインGPとの間が1ヶ月空いている。何とかここに入れられないだろうか?4戦目のスペインGPとの関連を考えると、鈴鹿の開催は難しいかもしれない。普通、順番で行けば、ここにはサンマリノがピッタリはまる。

 あとは1戦目のオーストラリアGPと2戦目マレーシアGPが3週間空いているが、3戦目がその1週間後なので、やはり無理がある。完全に決定するのは12月らしいので、それまでHONDA関係者には頑張っていただきたい。個人的に言えば、中国GPを無くして欲しいと思う。




鈴鹿でのシューマッハー 今年で最後か?



 富士スピードウェイの開催は30年ぶり。ジル・ヴィルヌーヴが大事故を起こした1977年(昭和52年)以来となる。人が死んで大騒ぎしているのに、ずっとレースを続けていた。どこかの左派新聞が「F1危険!」ってデカデカ記事を載せていた。そのせいで10年待たなくてはならないハメになった。

 
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by qunny1130 | 2006-08-29 23:02 | F1 | Trackback(3) | Comments(16)
この写真はいったい何だ!
この写真はいったい何だ!



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「北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長(左から2人目)が40日ぶりに公開席上に姿を現した。 写真は、金委員長が北朝鮮軍第757軍部隊畜産基地にあるウサギ牧場の支配人家族と一緒に記念撮影する場面」



 ちょっと古いネタだが・・・。しかし、こんな写真が公に発表される国、北朝鮮。すごい国だ!立体写真のようにも見える(笑)もう少し上手に細工してくれた方が騙されたと思うのだが・・・・。

 朝鮮民主主義人民共和国、たいそうご立派な「民主主義」の文字が輝く。字だけは立派な国名だ。日本も見習わないといけない。


조선민주주의인민공화국 万歳か?


 
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■ 爆発的ATOWN主義 本店 ■
2006年も波瀾万丈記
OTS酔いどれモンゴリアンチョップ
by qunny1130 | 2006-08-28 21:29 | 政治ネタ | Trackback | Comments(6)
作戦ミス トルコGP
作戦ミス トルコGP



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3位だったシューマッハー



 フェリペ・マッサの優勝は良かったが、ミハエル・シューマッハー3位だった。アロンソは2位だ。今、イタリア国歌が流れているが、気持ちよく聴くことができない・・・。シューマッハーの笑顔も少し、曇りがちだ・・・。チャンピオンシップは2点アロンソにプラスされてしまった。

 結果論だが、セーフティカーフェラーリは足を引っ張られてしまったようだ。セーフティカーさえ入らなければ、フェラーリ1-2は堅かっただろう。それにしても、2台同時ピットインは納得できない。それなら先にシューマッハーを先に入れるべきだったろう。同じ1-3でもシューマッハーが1位でないとダメだ。コンストラクターズではフェラーリが優位になりそうだが、ドライバーズでは、アロンソ有利に傾いてしまった・・・。


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片山右京 F1 Blog
by qunny1130 | 2006-08-27 22:35 | F1 | Trackback(6) | Comments(6)
家族の夏壊された 福岡市東区3児死亡事故
家族の夏壊された 福岡市東区3児死亡事故 深夜、虫捕りの帰途




引き上げられた被害者のクルマ



以下、報道から。



 夏休みの家族そろっての楽しい夜が、惨劇に変わった。後ろから猛スピードで突っ込んでくる飲酒運転の車。気付いた時には家族の車は海に転落し、小さな、尊い3人の命が奪われた。山笠が大好きで、笑い声が絶えなかったという一家。「あの元気な子どもたちが…。何てむごい」。一家を知る人たちは、憤りと悲しみをにじませた。

「子どもが」横目に逃走
 子どもたちを捜す両親の声が暗闇に響く。通り掛かった人たちが懸命に救助の手を差し伸べようとするが、約15メートル下の海では思うようにはかどらなかった。

 「男の人がアーチを伝って橋の下に下り、家族を『大丈夫か。体力が消耗するから無理せずに体を水面に浮かべて』と励ましていた。通り掛かった若い人たちもどうにかして助けようとしたけど…なかなかうまくいかなかった」。事故直後、オートバイで通り掛かった江頭早緒梨(さおり)さん(22)=福岡市中央区=は話す。長男だけがなかなか見つからず、目の前に被害者がいるのに容易に手が届かない状況に、皆いら立ちを募らせていたという。

 対向車線から事故を目撃したタクシー運転手(45)の男性は「RVがスーッと歩道に乗り上げ、欄干を破ってそのまま海に落ちていった。『子どもが、子どもが』という母親の声が今も耳に残っている」という。「その後ろから、追突した車が猛スピードで走り抜けていった。明らかに逃げようとしていた。絶対に許せない」と声を震わせた。

 26日朝の事故現場には、まだライトやバンパーの破片が散乱。十数メートルも続く車のスリップ痕が生々しく残っていた。


=2006/08/26付 西日本新聞夕刊=







逃げた福岡市東区奈多3、市動物管理センター職員、今林 大(ふとし)22歳の車



 
 またもや許せない事故だ。福岡市東区奈多3、市動物管理センター職員、今林 大(ふとし)22歳の運転するクルマが前を走っていたクルマに追突した。場所は福岡市東区奈多の「海の中道大橋」の中央付近ということだ。橋の上で追突された車は、弾みで歩道を越えて、ガードレールさえ突き破り、そのまま下の水面に転落したという。

 この橋がどんな構造をしているか分からないが、写真を見るとできたばかりの真新しい橋のようだ。




海の中道大橋




 被害者のクルマは15メートル下の博多湾に転落した。何ということだろう。被害者の夫婦は幸い助かったが、子供3人は帰らぬ人となった・・・。夫婦は海面転落後、車から脱出し、子供を救いに潜水し、2人は車から脱出させることができたが、1人は車に取り残され6メートルの海底に沈んでしまった。
 
 しかし、脱出させた2人の子供も残念ながら助からなかった。奥さんは4回も潜水し、我が子を助けにいったという。ご主人は立ち泳ぎをしながら、子供2人を抱えていたという。この素晴らしい夫婦の連携も残念ながら実を結ぶことができなかった・・・。

 それに引き換え、福岡市東区奈多3、市動物管理センター職員、今林 大(ふとし)22歳 は、追突後逃走した。この男は直前までビールを飲んでいたという。まさに飲酒運転だ。それも公務員という身分でだ!身分云々は別として、どんな人間もアルコールを摂取した状態で、絶対に車両を運転してはいけない。法律では、自転車も馬もダメなのだ。今林 大(ふとし) は、事故当時酒気帯び状態だったいう。




今林 大(ふとし)



 走っている自分の車に、突然後ろから追突されたら、バランスを失うのは当然だ。被害者の夫婦は、そんな状況でも必死で子供を助けたのだ。今林 大(ふとし) の供述だと「80キロぐらい出していた。車に気づかなかった」とのことだ。前を走っている車に気づかないほど酔っ払っていたのか?今林 大(ふとし)のクルマに同乗者も2名いたようだ。この2名も同罪だろう。この2名も拘束し、ほう助罪で厳罰に処していただきたい。

 恐らくこの男は常習だろう。本当に酒の恐ろしさを知っていたら、罪の重さを知っていたら、絶対に酒を飲んでクルマを運転するということをしなかったはずだ。業務上過失致死傷罪だけで済む問題ではなく、当然のことながら危険運転致死傷罪が適用されるべきだろう。それさえも軽いと言える。未必の故意の殺人と言っても過言ではない。まして現場から逃走している。

 あまりにも被害者が気の毒過ぎる。こんな不幸があっていいのだろうか?記事を読んでいた小生も怒りに手が震えてきてしまった。加害者の今林 大(ふとし)は、亡くなった子供3人にどうやって罪を償うつもりだろう?3回死んでも許されないだろう。




今林 大(ふとし)






今林 大(ふとし)





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by qunny1130 | 2006-08-26 17:59 | マジメな話 | Trackback(9) | Comments(38)
手記アイルトン・セナ 2
手記アイルトン・セナ 2



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手記アイルトン・セナ 2



 昨日は1993年(平成5年)のレースの手記だったが、この本はその前年1992年(平成4年)のレースをセナ自身のペンで綴ったものだ。1992年は第二期ホンダ最後の年だった。この年のマクラーレンは、その前年に引き続きV12気筒を使用していた。

 この年はシーズン開幕からウイリアムズ・ルノーの圧倒的な強さで始まり、ナイジェル・マンセル開幕5連勝を記録している。一方のマクラーレンは明らかに劣っているのが目に見えて分かるくらいだった。セナの影も薄くなりがちだった。また、ミハエル・シューマッハーが台頭してきた年でもあった。

 ホンダV12ルノーV10のパワー争いも面白くはあったが、シャシー性能の違いは雲泥の差とも言えた。アクティブ・サスペンションセミオートマチック・ミッションの性能差は明らかだ。マクラーレンがベネトンにも追い回されるシーンもあったほどだ。

 そんな大苦戦の1992年のセナの手記は、やはり読み手にも伝わってくる。ホンダ撤退の正式発表の心境なども語ってくれている。その中でも特筆なのが、5月31日モナコGPだマンセルとセナの終盤の攻防もF1の歴史の中に強く残るものだ。当時のビデオも当然保管しているが、今見ても二人の争いは素晴らしいものがある。また、ホンダ最後の勝利は最終戦オーストラリアGPアデレードでのゲルハルト・ベルガーだった。

 そんな苦戦の1992年の全レースの他、とても寂しいことだが、1994年1戦目ブラジルGP2戦目パシフィックGP(英田サーキット)の手記が記されている。しかし、3戦目のサンマリノGPの手記はない・・・。




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脳内ラテン革命
by qunny1130 | 2006-08-25 12:17 | | Trackback | Comments(0)
手記アイルトン・セナ
手記アイルトン・セナ



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手記アイルトン・セナ




 セナが事故死した当月に発売された彼自身の手記だ。1994年(平成6年)05月01日サンマリノGPにおいて、トップをキープ中にもタンブレロを飛び出し、そのままコンクリート壁に激突して亡くなった。出版社は山海堂

 1993年(平成5年)のレース内容を彼自身の視点から書いている貴重な内容だ。実際は1992年(平成4年)から1994年(平成6年)にかけて、セナ自身が東京中日スポーツにレース毎に手記を寄せていた。この本は、1993年の内容をまとめたものである。

 1993年といえば、ホンダが撤退した翌年だ。マクラーレンとの契約も当初は毎レース交わしていたという。エンジンはフォードV8 HBカスタマーエンジン。前年までのホンダ V12とは全く異なるものだった。

 シーズン前半の契約のことや、この年のフォードエンジンに関しても詳細に書かれている。開幕戦ブラジルGPの大雨の決勝レースから始まっている。日本GPでの小生の大嫌いなエディー・アーバインとの一件についても書かれている。そのときのビデオは、今でも大切に保存しているが、やはりどう見てもアーバインが悪い。

 一番興味深く読むところは、やはりF1史上最高のレースと言われている、4月11日に開催されたドニントン・パークでのヨーロッパGP決勝レースだろう。決勝大雨で始まったオープニングは、今では伝説のように語られている。その伝説のオーバーテイクについて、セナ本人から見たレースの様子を知ることができるのだ。

 この日以前も以後現在に至るまで、こんなすごいオーバーテイクシーンはない。その2年後1996年に、シューマッハーが大雨のスペインGPで似たようなシーンを演じたが、セナの比ではなかったと思う。この日のセナは、1人だけ別のペースだった。プロストもヒルも後手後手でドタバタしてしまい、セナの敵ではなかった。

 残念ながら、この本は現在絶版のようだが、古本屋でも入手できる。セナが亡くなってからファンになった人に、ぜひ読んでもらいたい本だ。もちろん、昔からのファンも。




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Leo's Cafe Weblog
by qunny1130 | 2006-08-24 12:20 | | Trackback | Comments(0)
BMW 3シリーズ E46 その2
BMW 3シリーズ E46 その2


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BMW 3シリーズ E46 クーペ



 E46は良い所だけではない。国産車と比較しても、結構疑問に思うような故障が発生することがある。弱いのはパワーウインドウだ。この欠点はE36からの悪しき伝統のようだ。ガラスが動かないだけなら、まだ良いほうだ。ガラス自体がドアの中に落ち込んでしまうのだ。そうなるとメカに弱い人はお手上げだ。

 頻度の高い運転席側にトラブルが集中するという話でもない。助手席後部座席のパワーウインドウまで壊れる話も聞くこともある。4ドアセダンで4箇所とも壊れたケースすらあるのだ。こういうケースはレアであると思いたいが、メーカーも考えて欲しいものだ。いずれにしても壊れる前にバキバキという音が発生する。こうなったら要注意だ。幸い、小生のクルマには起きていないが・・・。
 
 消耗品として、ブレーキローターも以前よりは頻度が高くなっている。以前は、ブレーキパッド2回ローター1回という頻度だったが、今は同時になっている。小生のクルマの走行距離は6万キロだが、既に左右前後全て2回交換している。つまり今は3セット目だ。本当にローターの減りが早いのには驚いたが、これも仕方ないのだろうか?他のオーナーにも訊いてみたい。

 ブレーキは大事な部品なので、恐らくBMWのポリシーでローターも交換頻度の高い消耗品と割り切って、柔らかい素材を使用しているようだ。確かにBMWのブレーキは効きが良いし、そのフィーリングも自然だ。ただ黒い粉には閉口するが、これも安全と引き換えと思えば仕方ない。その分、掃除の頻度を高くすれば良いのだから。

 エアコンも比較的トラブルが多いようだ。風が弱い、よく冷えないという話は伝わってくる。主にファイナルステージという部分が弱い。BMWのファンサイトに行っても、このトラブルは多く書き込まれている。小生も最近だが、トラぶって交換してもらったばかりだ。幸い数千円+αの工賃だけで済んだので助かった。部品はサービスしてもらった。対策部品だろうか?

 普段からディーラーと仲良くしておくと、ときどきサービスしてくれることも多い。営業担当者サービス担当者とのコミュニケーションは、ある程度とっておいた方が良いと思う。普段はあまり文句を言わないで、大きな出費になりそうなときはプッシュするようにしている。

 昔、乗っていたカローラは壊れたことは無かった。しかし、BMWは同じように扱うと、絶対に後々大きな出費を呼ぶ可能性が高い。普段からエンジン音にも耳を研ぎ澄ませたりする必要もある。春先にも異音がしたので、気になり調べてもらったところ、ファンベルトのプーリーベアリングが焼付けを起こす可能性があったとのこと。何か気になれば、直ちにディーラーに相談した方が良いだろう。

 このようなマイナートラブルの頻度は国産の比ではないと思う。しかし、その分クルマを労わるという感情が芽生えてきたことも事実だ。それだけ愛着心もわいてくる。以前、乗っていた国産車は朽ち果てていくだけだったが、BMWに乗り換えてからは、常に気を使いながら運転したり、メンテしたりすることが多くなった。




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駆け抜けてグラベル
march?micra?
driven by cats
Crazy little thing called "LIFE"
キャサリンの部屋 B'z BMW
Joy in Going Car
shigemaru'z
新宿で夢見る人
BMW E46 Life
佐山のE46
お気楽野郎の戯言

by qunny1130 | 2006-08-23 22:46 | クルマ | Trackback | Comments(2)
俳優 岸田 森
俳優 岸田 森







 岸田 森という俳優を覚えているだろうか?既に亡くなっているが、小生は、昔から何となく気になる個性的な俳優として、今でも興味のある人だ。マルチな才能を持っていたことに加え、俳優仲間にも慕われていたという。

 小生が岸田 森という俳優を知ったのは、1971年(昭和46年)の「帰ってきたウルトラマン」からだ。主人公の恋人のお兄さん役で出演していた。番組の途中で、妹といっしょに宇宙人たちに殺されてしまったのは、ものすごくショックだったし、今でもある種のトラウマにもなっている。最近、CS放送で「帰ってきたウルトラマン」の再放送があったが、今見てもそのシーンは、心が痛む。子供向けの番組だったが、当時はこのような悲惨な描写も放送されていたのだ。

 当時、小学生だった小生は、この岸田 森という俳優が妙に気になっていた。それから少しして、同じTBS系で「シルバー仮面」が放送され、その中で津山博士の役を演じていた。「帰ってきたウルトラマン」の次のウルトラシリーズである「ウルトラマンA」では、ナレーターを演じていた。現在、CSで再放送中だ。声だけでも存在感があるし、発音もきれいなので、もし長生きされていたら、いろいろな番組でナレーターとしても活躍していただろう。

 「ウルトラマンA」で、南隊員役を演じた女優の星 光子とも交流があり、別の芸名を与えたのも岸田さんだという。

 そして、一番印象深い番組が、1974年(昭和49年)の「傷だらけの天使」で演じた辰巳さん役だろう。小生はそれまでシリアスな岸田さんしか知らなかったが、この作品ではコミカルな演技で、競演者の萩原健一水谷 豊との掛け合い漫才のような台詞が、とても楽しかった。再放送がまた観たい。

 その後も松田優作「探偵物語」にゲスト出演して、またもやコミカルな演技を披露したのは忘れられない。実際、松田優作とも仲が良かったそうだ。そんな個性の強い人も病魔には勝てず、1982年(昭和57年)12月28日にガンのため、43歳という若さで亡くなってしまった。

 岸田さんは、本業の俳優業の他、脚本やCMの演出等も手掛け、それらも成功していたという。岸田さんの書いた作品の一つ、「帰ってきたウルトラマン」の「残酷!光怪獣プリズ魔」だ。この作品の内容も確かに「帰ってきたウルトラマン」の他のエピソードとは一線を画している。新マンが、ギリギリのところでプリズ魔を倒すという内容だったが、エンディングも他の回とは明らかに違う。見ればそれは分かるはずだ。

 映画でもチョイ役で出ていたりしたのだが、妙に存在感があるので目立つのだ。死体役で出ているのに、大きく出演者のエンディングクレジットで出ていたり、本当に個性があって不思議な魅力のある俳優だった。早く亡くなってしまったのが、本当に悔やまれる人だ。




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by qunny1130 | 2006-08-22 12:21 | ドラマ | Trackback(5) | Comments(14)
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